「国を支える」「人を支える」
保険事業部
プランナー
Kazuhiro Yoshida
吉田 和博
Q1. BrightReachに入社された経緯についてお聞かせください。
~一人一人の国民にフォーカスしていく仕事をしたい~
私は父に育てられたようなものなので、父の影響を強く受けています。父は車のトラブル対応などをするJAFの支店を一人で持っていました。幼いころから常日頃、人の役に立つことをやりなさいと教わってきました。人の役に立たないような職業って基本的には存在しないと思いますが、今になって振り返ると、きっと父が言いたかったのは『自分の中で納得できる仕事』という意味なんだと思います。
ただ子どもの頃は、外から見てわかりやすく誰かの役に立つことを意識していました。前職は幹部自衛官として海上自衛隊に所属しておりました。東日本大震災が起こった2011年は高校生の頃で、ニュースで報道される自衛隊の方々を見て『誰かの役に立つ職業』として意識しました。父の教えも相まって、防衛大学校への進学を決めて海上自衛官になりました。
とはいえ自衛隊の活動が表立って世間の目に触れる機会というのは、例えば災害が発生した時などですよね。明るい話題で誰かの役に立つというよりは、起きてほしくないことが起きたときに務めを果たすことが多いお仕事です。そう考えた時に、地域の方々から直接感謝を受け取る機会はどうしても少なくなりがちです。広い意味で『国を支えていく』にあたって、自衛隊はどちらかというと諸外国から守っている意味合いが強いと思います。私としては『一人一人の国民にフォーカスしていく仕事をしたい』という想いが強くなってきて、それが自衛隊から転職しようと思った一番大きな理由ですね。
私が自衛隊に入隊した頃から世間ではNISAやiDeCoなど金融にまつわる話題が盛んになりました。そんな中で私は自分で学んだことを部下や同僚、上司に説明したりアドバイスしたりという機会が増え、それに伴って感謝をされる機会も増えてきました。そうしたことがきっかけとなり『金融のアドバイスに関わる職業を目指そう!』という考えに至りました。それまで自分の中でぼんやりしていたものがハッキリとした輪郭を成してきて、それを形にしたのが今回の転職です。
転職活動を開始した当初は、大手の転職サイトに登録してファイナンシャルプランナーの求人を探し始めましたが、オファーがくるのはどれも生命保険会社の営業職の求人ばかりでした。実際にお話の機会をいただいた方も外資系生命保険会社のヘッドハンティングをされている方でした。冷静になって見渡してみると、自衛隊に出入りしているファイナンシャルプランナーの方も、大多数が特定の生命保険会社に所属されている方々でした。
特定の生命保険会社に転職をすると、取り扱う商品・お伝えできる話題は結局、所属する保険会社のものだけになってしまう点が気になりました。当時の私は『目の前の方の問題を、その方に合った方法で解決する』というのがファイナンシャルプランナーに求められる務めだと認識していましたので、一社専属の営業職というよりは、ファイナンシャルプランナーとして独立した会社の方が自分のやりたいことに合うんだろうなと考えていました。
その想いを実現するためには大手転職サイトで求人を探しても仕方がないので、自力で動き回って転職のエージェントさんを見つけ出しました。幸運なことに、BrightReachにはその方からのご紹介で転職してきた先輩や同僚がたくさん居るので、私の想いを伝えたところ話がスムーズに進んでいきました。
いやぁ、引き寄せましたね!
私は自衛隊に所属していた頃から独学で勉強してFPの資格(AFPとファイナンシャルプランナー2級)と宅建士の資格を取得していました。ファイナンシャルプランナーの仕事とはどういったものかも理解していると自負しており、さらには自宅の購入も経験しています。自分の経験や資格を生かして幅広いことに対応できる会社への転職を希望しますとエージェントさんにはお伝えしていました。
しかしながら私は、営業の経験がないうえに、アルバイトの経験もありません。自衛隊という公務員の職場から、金融の知識も恐らく持っていないであろう30歳を超えた人間を雇ってくれる会社の求人となると、母数がそもそも少ないです。ピックアップいただいた3社の中から最終面接まで進みたいと思ったのはBrightReachだけでした。他の会社もネスクトステップのご提案はいただきましたが、BrightReachを超える強い印象は受けず、そちらはお断りしました。
一次面接は副社長の北田さん、最終面接は社長の青柳さんとお話をして、資産形成をはじめとした金融の話題から不動産に至る話題まで私がやりたいことを叶えられる職場だということが確認できました。そして何より、会社のトップ2人がとにかく楽しそうなんですよ!面接の中でいろんな質問をしたんですが、返ってくる回答すべてに納得感と強い気持ちがにじみ出ていて、素直に楽しそうでした!
面接はすべてオンラインだったので入社手続きよりも前に会社を訪れたこともなく、会社の雰囲気を肌で感じる機会はなかったのですが、30~40人規模の会社の場合は経営陣の雰囲気がそのまま社員の方々の意気込みであったり会社全体の雰囲気を映し出しているんだろうなと思っていましたが、まさにその通りでしたね!
Q2. これまでの人生の経験や海上自衛官としてのキャリア、その時の経験が今の仕事に活かせられている場面をお聞かせください!
~人生経験の豊富さを様々な年代の方とのお話に活かすことができる~
私は現在32歳ですが、同年代の中では人生経験が豊富だと思っています。結婚をしており子どももいます。自宅の購入という人生の大きな買い物も経験しています。また、高校生の時に父をがんで亡くしています。父の介護を経験し最後まで看取り、人工呼吸器のスイッチを止めたのも私でした。
自衛隊という職業柄、人の死に立ち会うこともありました。2018年の西日本豪雨の時は、実際にご遺体に遭遇する場面はありませんでしたが、激甚災害の状況下で困っている人たちの心境を感じたり、本当に求められている支援はどのようなものかということを肌で感じたりしました。
こうした経験があるので、同世代の方とのお話に限らず、どの世代の方々とお話をしても通ずる部分が沢山あると感じています。今は自衛隊の元同僚、元部下、元上司の方々に向けて活動していますが、年代も性別も全然違う方々にも寄り添って理解することができ、お役立ちに繋がると考えています。
自衛隊の方々に対する活動においては、私ももちろん内部の人間でしたから、制度・仕組み・内部事情には精通しています。公務員だけれども年収を上げる方法(護衛艦に乗れば年収が上がるなど)や、どういったタイミングでキャリア組の方々がご自宅を購入するのか。それはどのような場所にどのような理由で購入するのかということもわかります。
自衛隊内部の団体保険ももちろんよく理解しています。だからこそ団体保険と一般的な保険の違いも含めて詳しい説明もできます。実体験でもって内部の制度を詳しく知っている点が私の強みだと考えます。仮にわからないことがあれば、内部の方に直接聞くこともできますから。
父が最初に倒れたのは私が中学2年生の時でした。私の目の前で倒れたんですよ。ちょうどその時は実家の固定電話が壊れていて使えなくて。当時の私は携帯電話も持っていなかったので、隣の家に駆け込んで救急に連絡したことが記憶に残っています。
母は看護師なので逞しく父の看病をしていました。私は3兄弟の末っ子ですが、私を含め兄弟はおそらく、父の詳しい容体は聞かされていませんでした。本当のことを告げられたのは私の高校入学が決まったタイミングでした。倒れた理由や、がんのステージは忘れましたが、5年生存率が 20%ほどと聞きました。当時でステージ3~4だったのかな。最初に倒れてから4~5年ほど頑張ってくれたので大往生だなと思います。
でも結局最後は、いろんな所に転移して歩くのも困難になっていました。例えば膝裏にも転移したことで膝裏が腫れて、通常の2倍ぐらいの太さになり関節を曲げられませんでした。ベッドから起き上がって移動をしたいと思っても自力では難しいので、家族が手で支えたりもするんですが、場所によっては持つと激しい痛みが出るところもありました。私が高校2年生の終わりから3年生の頃、そうした自宅でのサポートを母と3兄弟で一緒に行うようになりました。そして最後は母が勤める病院に移って看取りました。
高校3年生の頃なので大学受験の時期と被っていました。初めは防衛大に行くつもりはなく別の国立大学を受験しました。大学の入学試験2日目に父の容体が急に悪化しました。試験官の方が私のところにやってきて、どうします?と尋ねられました。その後のすべての答案用紙に名前だけ書いて帰ってきたんですが、当然、試験には受かりませんでした。
父はその後ありがたいことに、一時的に容体が回復しました。父は最後、私のことをとても気にかけてくれていました。3兄弟の上2人は既に進学や就職をしていましたが、私だけ大学に行っていない状態でしたから。
父には安心してほしかったので、大学には合格したよと伝えました。
実際にはそこから1年浪人して、防衛大に進学しました。
当時の実家の様子を振り返ると、家計に関してというより、母が気落ちしていたことの方が強く印象に残っています。
父は当時60歳くらいでまだまだ若かったですからね。吉田家の場合は当時、既に姉は就職していましたし、兄は賢いので学費はかかっていませんでした。私は浪人したのでその分の費用は掛かりましたが、防衛大学校は学費がかからないですからね。『東日本大震災の自衛隊の方々の様子を見て誰かの役に立つことができる仕事を』と思い至ったこともあり、巡り巡って今に至ります。
お客様とのご面談の中では親御さんに万が一の事態が起きた際の話題にも及びますが、吉田家の場合、父の他界後に学費がかかるのは私だけだったので、おそらくなんとかなったのだろうと思います。
Q3. 活動においての吉田さんの強みや大切にしていることや考え方を教えてください。
~目の前の方の『今まさに困っていること』に全力で向かい合う~
大体のお客様には『絶対にこれだけは解決したい!』っていう問題点があるじゃないですか。そこを第一に解決することに注力しています。これまでにご対応した方の中には、サブスクをいくつも契約していて把握しきれない状態の方や、猫を飼いたいけれどどうすれば良いか?といった問題にも全力でご対応しました。
私はサブスクをほとんど利用しないので詳しくなかったのですが、状況を伺いながら、その方の趣味趣向のドラマやスポーツ、映画など、何を見たいのかに至るまで詳しく聞いていきました。その方が今まさに困っている問題はその方にとって恐らく一番の大きな問題でしょうから、まずはそこを解決することが大切です。
そこが解決して初めて、お金の専門家として将来のお話をしています。今から50年後はわからないとしても、例えば 1年後・3年後・5年後といった想像しやすい未来から一緒に考えていくサポートをしています。
とにかく最初は目の前の方の問題は何だろうかと、ひたすら深掘りしていく。そこから自分が持っている知識を基に、もしくはその知識を持っていなければ自分で学びに行って会得した上で、一緒になって考えることを大切にしています。
こちら側がやりたいことだけをやっているようでは、そもそも私が目指しているFP像とは異なってきます。仮に私の利益にならなかったとしても、それでお客様にご満足いただけたり、ご納得していただけたりするのであれば、それこそ今の仕事をやっている意味があると思います。
Q4. 社風や会社の様子について教えて下さい。
~素敵な人に囲まれている職場~
活気ありますよね!何をするにしても!
定例ミーティングの片付けをする声かけがあれば、みんなでテキパキと動いたりしますから体育会系のような雰囲気もあってとても元気です!
そして、会社に来ることを嫌がっている人が居ないんでしょうね。
一般的には『あれだるい~これだるい~会社行くのだるい~』って言う人が多い印象ですが、BrightReachではそう言った声は聞きませんね。
私は往復4時間かかるので一番遠くから通っていますが、オフィスに行くことが苦じゃないです。そうした気持ちになれるのも、メンバー皆の人の良さであり、それは当然、青柳さんや北田さんをはじめとした経営陣が作り上げてきたものの中にピースがはまっている状態なんだと思います。 誰と会話していても暗い気持ちや嫌な気持ちになることがない組織ってあまり多くはないと思うので、そこが一番素晴らしいところだと思います!
他の会社のことはわかりませんが、例えば福利厚生が手厚い、お給料やボーナスがよい、休みを取りやすいなど色々あるかもしれないですけど、どの組織に属していても、素敵な人に囲まれたところというのが一番の宝物なんだと思います。
自分が悩んでいることや疑問をすぐに表に出せる空気感があります。もちろん、自発的に言えない性格の人や自分で解決したいという人も居ますが、それに誰かが気付いて声をかけてあげたりもしますね。
Q5. 今後の目標やこの仕事を通して実現したいことをお聞かせ下さい!
~最初の目標を最後まで貫く・妻と家族が幸せであってほしい~
自衛隊から転職する時に、『一人一人の国民に寄り添って、その人が抱えている問題を解決していこう』と決めて金融業界に飛び込んできたので、BrightReachでファイナンシャルプランナーをやっている限り、そこはブレませんね。
最初の目標であると同時に最終目標でもあると思っています。その上で、私がお客様に提供できる選択肢が増えていき、その方の達成したい目標や夢に寄り添える存在になりたいです。
BrightReachに転職してよかったと思えた商談の一つに、初めて不動産部売買担当の望月さんにお力添えいただいた時が挙げられます。
自衛官の方で、奥様が2人目の子を妊娠されている状況でした。転勤があるため、そろそろどこか落ち着ける場所に家を買いたいというお話から始まりました。
しかし投資用ローンを組んで投資用ワンルームを2軒所有していたことが足枷になり、全く住宅ローンの審査が通らない状態にあり、奥様も働いてないので打つ手がないような状態でした。住宅ローンが組めない状況を打破するために何をすべきか詳しくご相談されたいと、お客様がご希望されたことから不動産部にお繋ぎすることになりました。
不動産部とともに状況をより詳しくヒアリングした結果、自宅を購入するための選択肢としては投資用物件を売却する以外に方法がないことが分かりました。しかし売却金額を投資用ローンの一括返済に充てても金額が足りず、手出しをする必要があることも分かりました。
『手出しをすることで目先の金融資産が減って家計が苦しくなる気がしますが、でもそれは最初の1~2年のことであって、以後50年ぐらいは幸せです。』といったお話と併せて、ライフプランシミュレーションを作成して今後の詳細なお金の流れを可視化してご確認いただきました。
その結果、手出しをすることで実際にどれほど現金が減るのか、その後はどのように推移していくかなどが明確にご理解いただけました。数字と感情の両面からお話できたからこそ心の底からご納得されて、ご自宅の購入に向けて進まれています。
ライフプランシミュレーションを起点として、お客様の問題解決のために社内で連携を取ることで不動産も含めてお力添えできたことは、BrightReachだからこそ実現した商談だと感じます。
仮に私がそのお客様の立場だったら、自分が納得して始めたワンルーム投資だったのに、なぜさらにお金を払わないといけないんだ!?って悔しい思いになりますが・・・
そのお客様も自衛隊の方なのでお給料が浮き沈みすることはありませんから、先々の資金計画を立てやすいということもお伝えし、お気持ちの面も丁寧に確認していきました。こうしたやり取りを通してご自身で納得されて決断をされるまでの過程をサポートできたということが嬉しかったです。
仕事をしていて苦しいと感じることがないということが何より嬉しいです。好きで今の職を選んでいるので、趣味の延長線上と言ったら語弊があるかもしれないですけど、私の感覚的にはそうなんですよ。仮に保険商品を『売る』という働き方をしていたら、それでは私の心は痛むと思います。でもBrightReachはそうではないじゃないですか。お客様のご意向を聞いて何を達成されたいのかを確認する。そして実際に達成するための計画を一緒に立てていく。
そうすることで私はお客様の夢を実現するお手伝いができてるっていう実感が持てるので、やっていて楽しいですね!これ以上に楽しいことってあんまりないんじゃないかな。同じような楽しさを味わってる人たちってスポーツ選手くらいなんじゃないかなって勝手に思っています。今のところは自分のやりたいことを通してお客様に感動をお届けする仕事に携われていると感じています。
個人的な面では、最終的には妻に自由に生きてもらいたいですね。働きたいなら好きな仕事してくれていいし、働きたくないならそれでもいいし、どこか行きたい所があるなら一緒に行くということも良いですね。私と結婚してくれた人が一番幸せになれば、私としては大満足です。そこが最終ゴールですね。
この想いの根幹にも、父の影響がありますね。若くして亡くなりましたが、ありがたいことに負債などマイナスのものを何一つ残さなかったんです。3兄弟の誰かが不自由したという記憶もないですね。 私はわざわざ実家から遠い学区外の高校に通いましたが、快く送り出してくれました。父は、カッコいい生き様を見せてくれました。
人は皆、いつかは必ず旅立ちます。平均寿命から考えれば私の方が妻より先でしょう。その時に妻と家族が笑ってくれたら嬉しいですね。私という人間を形作っているのは父なので、そこに近づきたいですね。













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